事務局からのお知らせ

ハンセン病の治療に尽力した橋爪長三さんの著書が届く

1月18日(水)、昨年11月に逝去された橋爪長三さん(高1)のご遺族から、橋爪さんが平成26年に出版した『私の歩いた道ー信仰と生活、そして職業から』をご寄贈いただきました。橋爪さんは信州大学医学部を卒業後に医局で整形外科学を研究され、昭和38年から国立療養所長島愛生園に整形外科医長として赴任し、ハンセン病の治療に従事されました。邑久光明園と大島青松園の3療養所を兼務してクリスチャン・ドクターとして診療・研究にあたりました。昭和49年から新設された長野県身体障害者リハビリテーションセンター所長として平成7年まで勤務、その後29年まで小布施町の新生病院に勤められました。この本の中には、終戦直後の荒れた校内をただ一人で掃除したこと、初代自治会(生徒会)委員長の笠原昌平さん(高2)らと計らって、創立30周年記念講演会に東大教養学部長であった矢内原忠雄先生を招いたことなども記載されています。「あれほど有名な先生が伊那のような不便な田舎に来てくれるはずがない」という学校側の予想に反して自治会生徒達が実現にこぎ着けたのは、橋爪さんや笠原さんらのクリスチャングループと敬虔なクリスチャンである矢内原先生との縁がなしえた事でした。

全国選抜大会へ出場するフェンシング部へ激励金を贈る

1月21から22日にかけて箕輪進修高校で行われた第47回全国高等学校選抜フェンシング大会北信越ブロック予選会において、フェンシング部は男子団体サーブルで全国大会出場を決めました。25日(水)同窓会館へ報告に来てくれました。遠路長崎県島原市へ出かけますので、同窓会より激励金を贈りいたしました。健闘を祈ります。

伊那市手良の学校林を見てきました

1月24日(火)伊那市手良野口(蟹沢)にある学校林を視察してきました。新校建設にこの学校林の材木を活用することができるかどうか、今回設計チームが現地視察することになりました。この学校林は昭和5年に第3代甲田作衛校長の発案により「御大礼(昭和天皇の即位)記念伊那中学校学校林」として設けられたものです。3年生から5年生がカラマツ1万本を植樹しました。昭和29年に、創立35周年記念祭の一部経費を捻出するため生徒たちが間伐材を薪にして売ったほか、36年には、生育したカラマツなど5㏊分を売却し、収益を体育館建築とグラウンド拡張工事に活用しました。このため翌年から2年間、カラマツ1万1000本を捕植。その後、47年6月の1年生による下草刈り作業をもって学校林作業を終了しました。学校林は平成16年に地元区と同窓会とで契約更新が行われ、使用期限が2074年3月31日まで延長されています(『百年史』より引用)。最後の作業を行ったのが高校27回生ですから、多くの同窓生の皆さんにはその存在すら知られていない状況です。かつて作業をした同窓生でもその場所を知る方はほとんどいないでしょう。そこで今回は、伊那森林組合の皆さんに案内していただき現地に赴きました。学校林は手良野口から棚沢川を右手に北山ラベス伊那生産場を見ながら遡ると、信州大学農学部手良山ステーションのゲートに達します。そのゲートを過ぎて棚沢川沿いに登っていくと、平成5年に竣工した斧研橋(左の写真)に至ります。その対岸の斜面が学校林(右の写真)です。校舎建築に活用できるかどうか、今後専門家の意見をお聞きしながら検討していく予定です。