朝日の光空に充ち

 

 

 

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伊那北高校校歌は、東京帝国大学の藤村作(つくる)教授によって昭和2年に作詞されました。中学3回生が募金活動をして、当時の甲田昨衛校長に校歌の制定を依頼。その行為に感激した甲田校長が広島高等師範学校の恩師の藤村教授に作詞を依頼したのが、大正15年晩秋の事でした。その申し出を快諾した藤村教授は、さっそく伊那を訪問して、伊那中で講演を行っています。完成した校歌が届けられたのは、翌昭和2年11月。その校歌は、「朝日の光 空に充ち」と歌い出されます。藤村教授が伊那を訪れ、その「すぐれし風景(ながめ)」を見たのは、大正15年冬の事。写真は薫ヶ丘から冬至の日の朝の風景を写したものです。このような情景を藤村教授も目にしていたものと思います。朝日の光が鎮魂碑を照らしています。